鹿児島県肝付町の肝付町観光協会サイト

観る・楽しむ
自然
史跡
楽しむ
温泉
祭り
JAXA内之浦宇宙空間観測所
できごと
肝付ふるさと案内人

ピックアップ

キス釣り大会2017開催決定!

  肝付町四季まるかじりツアー第25弾 夏休み!海のイベント キス釣り大会2017 開催が決定しました! 開催日:7月23日(日)※雨天中止 肝付町内之浦海岸にて
▼続きを読む

イベント情報

史跡

川上中学校と川沿いの遊歩道

この地区には2009(平成21)年に国の登録有形文化財に登録された川上中学校があります。2012(平成24)年3月に休校となりましたが、1949年(昭和24年)に建立された木造校舎は当時の姿そのまま。懐かしい時代にタイムスリップしたような感じになります。日本の原風景をのこす川上地区。今あらためて注目され始めています。 近隣には地元住民により川上神社の鎮守の森に遊歩道が作られています。神社の参
▼続きを読む

塚崎古墳群

塚崎古墳群は前方後円墳が5基、円墳が39基、合計44基にものぼる古墳が点在する古墳群です。前方後円墳が存在する古墳としては日本最南端になります。1945年(昭和20年)に国の文化財に指定されました。 一番大きい第39号古墳(花牟礼古墳)は長さ約80メートル、高さ約10メートルの前方後円墳です。この地域からは弥生時代の住居跡も発見されており、弥生時代に相当発展し、古墳時代になってから急速に組織
▼続きを読む

二階堂家住宅

「趣味は田中角栄」- あまりにも有名な言葉を残した政治家、故二階堂進氏の生家であるこの住宅は、江戸時代の郷士の住居として、1975年(昭和50年)国の重要文化財に指定されました。 はっきりとした建築年代は不明ですが、1810年(文化7年)頃の建築といわれています。「おもて」の棟と「なかえ」の棟からなり、これらが直交した雁行型の寄棟造の二棟造が特長です。二階堂家はもとは鎌倉幕府の武家で13世紀に
▼続きを読む

高山城跡

高山城は、18代にわたりこの地を治めた肝付氏の本拠地でした。のちに肝付氏は1573年(天正元年)島津氏に敗れ、1580年(天正8年)阿多(現在の南さつま市金峰町)に移封されることになります。城跡は1945年(昭和20年)国指定文化財になりました。 肝付氏は、薩摩を治める役人として968年(安和元年)中央政府から派遣された伴兼行を先祖とする一族です。伴兼行のひ孫にあたる兼俊が1036年(長元9
▼続きを読む

盛光寺跡

盛光寺は長年にわたりこの地を治めた肝付氏歴代の墓があります。第5代兼石(かねいし)が1272年(文永9年)父第4代兼員(かねかず)の菩提所として創建した寺で、第8代兼重(かねしげ)から第17代良兼(よしかね)まで、10代にわたり肝付氏の城主が祀られています(町指定文化財)。  
▼続きを読む

道隆寺跡

道隆寺は「三国名勝図会」よると、鎌倉時代に宋から渡来した禅僧 蘭渓道隆(らんけいどうりゅう)により1246年(寛元4年)に)が開基したとあります。道隆禅師はその後、北条時頼に請われて鎌倉に上り巨福山建長寺を創建したと伝えられています。 本堂などがあった場所は水田になっていますが、林の中には観音堂跡があり、仁王像、ヤグラに刻まれた磨崖五輪塔、宝塔、経塚、六地蔵塔、無縫塔(むほうとう)、灯龍、鎌
▼続きを読む

四十九所神社

四十九所神社は、肝付氏の祖である伴兼行が国から官吏としてこの地に派遣された際、伊勢神宮から分霊を受けて984年(永観2年)に創建したとされています。四十九という名は、ここに合祀する祭神の総数(天神七代、地神五代ほかの神々)が計49柱に由来するものです。 この神社は毎年秋に流鏑馬(県指定文化財)が行われることで知られています。900年近い伝統が受け継がれています。射手は毎年、町内の中学2年生か
▼続きを読む

1 / 212